企業沿革

1745年(延享2年)
藤野別惣左衛門二男、惣兵衛京都に移住し、俵屋惣兵衛と称し、雑穀商を営む
1755年(宝暦5年)
俵屋惣兵衛、室町上立売上る、澤屋播磨御菓子司に奉公し、相続する。
1845年(弘化2年)
播磨大掾となる。御室御所より澤屋播磨一房の名を賜る。
1862年(文久2年)
蛤御門の戦いにおいて類焼。
1924年(大正13年)
石原留治郎、俵屋を継ぎ、俵屋惣兵衛両家の暖簾を掲げ、播磨大掾俵屋惣兵衛一房吉富と称し、屋号を俵屋吉富と称す。
1933年(昭和8年)
室町上立売上る頭町に本店を新築し、禁裏菓子御用司としてつとめる。
1942年(昭和17年)
第二次世界大戦による企業統制が行われ止む無く休業。
留治郎は西ノ京において有限会社日本菓量を設立。 京都師団の指定工場として軍用菓子を製造する。
1945年(昭和20年)
終戦とともに日本菓糧を閉鎖。未利用資源による代用食を考案。 アサヒ食品株式会社を設立。
1949年(昭和24年)
現住所にて京菓子業を再開。
1951年(昭和26年)
戦後初めて京都大丸百貨店にて京菓子展示会が開かれ、雲龍を出品。 大好評を博し、市長賞を受く。
1952年(昭和27年)
第12回全国菓子博覧会(横浜)にて雲龍が褒賞状を、全国本名流菓子工芸展において工芸名誉賞を受賞。
1953年(昭和28年)
株式会社俵屋吉富を呼称設立。石原留治郎、社長就任。
1957年(昭和32年)
葵祭、明治神宮祭典に雲龍を献上し、それぞれ感謝状を受く。
1962年(昭和37年)
全国菓子協同組合連合創立十周年記念大会で、業界に尽くした功により表彰状を受く。
1964年(昭和39年)
第1回京都優良食品推選会において雲龍が推選証を受く。
1973年(昭和48年)
石原留治郎、会長就任。石原義正、社長就任。
1975年(昭和50年)
第3回平安神宮銘菓献餞祭に雲龍を献上。全国和菓子展にて万寿蘭が全日本賞を受く。
1978年(昭和53年)
12月8日烏丸通上立売上るに烏丸店を新設。同時に、ギルドハウス京菓子設立。
資料館を設け、糖芸菓子はじめ菓子の関連資料の常設展示を行う。
1979年(昭和54年)
石原留治郎、勲六等に叙せられ、瑞宝章を賜る。烏丸通上立売西入に菓精館を新設。
1985年(昭和60年)
11月27日ギルドハウス京菓子が財団法人に認可される。理事長に石原義正就任。
1992年(平成4年)
菓精館に隣接する、烏丸通上立売西入に龍翔館を新設。
1994年(平成6年)
NHKドラマ「和菓子の味」の制作協力により感謝状を受く。
1998年(平成10年)
第23回全国菓子大博覧会(岩手)にて名誉総裁賞を頂く。
2001年(平成13年)
烏丸店に隣接する、烏丸通上立売上るに龍宝館を新設。
2002年(平成14年)
第24回全国菓子大博覧会(熊本)にて名誉総裁賞を頂く。
2004年(平成16年)
石原義正、会長就任。石原義清、社長就任。
2006年(平成18年)
9月15日寺之内通小川西入に小川店を新設。
2013年(平成25年)
第26回全国大博覧会(広島)にて芸術部門において名誉総裁賞を頂く。
2015年(平成27年)
NHKドラマ「京都人の密かな愉しみ」の制作監修、本店が舞台となる。
2018年(平成30年)
髙島屋京都店美術フロアにて御茶席「俵屋吉富」を開業。
2018年(平成30年)
ジェイアール京都伊勢丹にて新ブランド「といろ by Tawaraya Yoshitomi」を開業。